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エッセイ
二度目の出産
八ヶ月目からの逆子が結局治らず、帝王切開となった。今から思えばハイヒールモモコさんのドキュメントは虫の知らせのようなものだったな・・。間際までは実感がわかなかった。12月16日と決まった日から、長かったような短かったような・・・。とにかく毎日毎日その日に向かっていたなあ・・・。時を待つー。みたいな・・。
二日くらい前からか、緊張なのか何なのか自分でも分からないくらいブルーになっていた。私にはめずらしく、無事を祈る緊張感。それから言いようのない不安感。
また、何かが変わっていくような不安に襲われていた。
たった、一度の悲しい体験がこんなに深いものだとは思わなかった。
私は、いわゆるドメンスティックバイオレンス体験者の片割れで、樹里が産まれて間もなく逃げ出した。その始まりが出産だった。妊娠中に相手に女ができて女房子供がうざくなった・・ってパターンで、どうしようもなかった。
出産を無事終えた病室に元夫が入ってきて『お前気持ち悪いんじゃ!日曜なんかに生んだら、俺、来なしゃあないやんけ。あんな気持ち悪いもん見たらもう人間としては見られへんからな。』そういって帰っていったのが地獄のはじまり。
出産=破壊。あのときの空気や状況が甦ってきては消えて・・・心配して慰めてくれてるパパに何をどう話していいかわからず、入院前日の夜、涙が止まらなくなってしまった。
泣くだけ泣いたらすっきりした。今の私にはパパと樹里がいるじゃないか。
何も聞かず、ただ泣き止むのを静かに待っていてくれるパパに救われた。またひとつパパのおかげで過去をひとつ乗り越えた。そう感じることができて、寝て起きたら何もこわくなくなった。
ドラマで竹之内豊がいかりや長助に『乗り越えられない過去はない』って言われていたのを思い出した。無意識の意識化をして悲しみにくれることから人は踏み出せる。全くもってそのとおり。
結婚してから、辛い思いや涙の数だけ強く優しくなれるって言い聞かせて頑張ってきたことが少し違ってたと思うようになった。それを踏み台にして力いっぱい飛ぶのもパワフルになれるけど、悲しいことを悲しいってちゃんと思えるほうが勇気がいる。
でもそれって、受け止めてくれる誰かが必要なのかも。そのために人は一人じゃ生きて行けないなんていうのかも。
なにはともあれ、私は二度目の出産をするときがきた。
12月15日。入院の日・・・天気は晴れ。
我が家の壁は、10日間の留守番のために私が作成した張り紙がびっしり。日々の流れや樹里のためのお手伝いや生活目標。フルカラーで挿絵つき。しめしめ・・樹里ははしゃいで何度も読んでいる。がんばってね!!そして、朝からしばらく離れる愛しの台所をきれいにピカピカにした。なぜ愛しいかというと・・キッチンから見えるパパと樹里の姿や笑い声のBGM.。ご飯よーの一言でみんなが集まってくる至福の場所なのです。
それからお風呂に入った。晴れた日の昼間のお風呂は、窓からの木漏れ日美しい最高のシュチエーション。湯気が窓からスーッと抜けると裏山の緑がキラキラ・・。
お風呂上りに記念に写真をとって、大きなお腹と別れることにした。不思議な気分・・・・
病院の前にフレンドリーでランチ。3人だけの最後のランチ。これからは4人。なんか、とってもとっても特別で大切な時間に思えた。
いざ、病院へ。自分で車を運転していった。いつだったか雑誌の投稿で、陣痛が来たのに誰も連絡がつかず、自分で荷物を積んで車運転して病院にいって、ぎりぎり間に合ったたくましい妊婦さんの体験談を読んで、私もやってみたい・・・って密かに思っていたから嬉しかった。くだらない・・・・でも、優しいパパは知っていながら『自ら運転して入院するなんてスゲー』と、一応子芝居をうってくれた。フフフ・・・
私の部屋はオペ用らしい。一番奥の広い部屋。ホテルにチェックインした気分で浮かれていた。もーここまできたら、ワクワクするしかない。樹里も興奮してた。ふたりとも、もうすぐ大きな出来事がおこる不安をかき消すかのようだった・・。
着替えてシャワーあびて、説明うけて分娩室にオシモの毛を剃られにいった。どんな風だかきになっていたが、剃られてみた感想は、『そこまで剃るなら全部そってくれよ・・・』と、つぶやきたくなるような・・・例にあげて申し訳ないけど、ワールドカップのロナウドヘアか、子連れ狼の大五郎かよっ!!って感じ。
そして、内診を受ける。すると破水を起こしかけているとの事。ま、明日に切ることだし、大丈夫でしょう・・・とのこと。でも、その数分後、子宮口が2センチ開いてるので、院長と今後の流れを相談しますと言われた。
看護婦さんは、余裕で今のうちにしっかり食べてなさい。今夜から絶食だからと、夕食を運んでくれた。
遅いランチでいまいち食欲もなかったけど、しばらくまともに食べれないのでしっかり食べた。すると、助産婦さんがやってきて、今夜にも手術になるかもしれない。といわれた。ビ・ビ・ビックリ・・・・。動揺しまくり!!パパに言ってもさすがに彼は冷静な人。さっき暇つぶしに借りてきた図書館の本を読む姿勢をピクリともせず、『あ、そう』とニッコリ。ここは病院なんだからもうあせることなんて何もないから・・・だそうだけど、そんな問題?赤ちゃんの心音を計る機械をお腹につけてドクドク・・・と、病室の中に鼓動が響き始めた。
『大丈夫と思うけどご主人も今晩は連絡つくようにしておいてね。』とのこと。まさか、そんな・・・・
しかし、しかし・・しばらくして助産婦さんが走りこんできて
『廣瀬さん、お腹はってるやろ?陣痛やで!10分おきにきてる。すぐ切るよ!!』すぐって、ホントにすぐモニターが運ばれてきて先生とヘルプの看護婦さんもずらずら部屋にはいってきた。えっ?なになに??????
そして、逆子のままですね。って先生が言った瞬間・・・レッツゴー!!って感じで準備に散っていった。しかも賑やかにめちゃくちゃ嬉しそうに・・まるでドリフのコントみたいに。
だって、まだ手術の承諾書も書いてないよ。時間まで30分ほどあったから、パパはハンコを取りにいったん帰宅。陣痛う?信じられない。でも、もっと信じられないことが・・。
ものの20分ほどで陣痛がグングン進んでいくではないか・・・!!!
ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれーーー!!すっかりハナちゃんのペースじゃん!!
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ステップファミリー
ステップファミリー
私達のような、どちらかが連れ子で再婚。
とか言う理由で、血のつながりのない親子が存在する家族を、ステップファミリーと呼ぶらしい。
なかなか・・いかした名前じゃんっ!(^v^)とも思う。でも、やっぱり『いろいろ、大変なんだろうな・・』て、イメージを持つ人は、たくさんいるんだろうな。
我が家のことを、軽く解説すると、
私が子連れで離婚して、樹里が5歳まで、いわゆるシングルマザーだった。
パパは、初婚。清く正しくのんびりと、42年間きたらしい・・
パパと樹里が、血縁のない親子。
良いのか悪いのか、私は樹里に事情をオープンにしてきているので、
産みの父親のことは全く覚えてはいないが、ママはその人とうまく行かなかったから離婚した。
うちは母子家庭だから何かと協力してがんばって生きていかなければならない。っていうことは、少なくとも頭では理解してくれていた。
だから、頭では、これから、ひろせにいちゃん『友達時代のパパの呼び名』が、パパになるんだ。ということも、説明して一応、ママが好きなら仕方がない。・・・と、承諾を得た。そこに、このたび花奏が産まれた。
という具合の組織である。
確かに、いろいろ考えた。なぜなら、すべて手に入れたのは私だけだから。最愛の娘。最愛の男性。
だから、これから私の描いているストーリーどおり、イメージどおりにいかないことも多々、巻き起こる。
ちゃんと全体を見て乗り越えていけるのだろうか・・・。
もし、私だったら樹里のように、母親が愛する人だからといって、悩みながらも受け止めることが出来ただろうか。
もし、私だったら彼のように、愛する人の子供だからといって、親となり愛していく決断ができただろうか・・・
娘を渡さなかったのも、彼と再婚したのも、単純に自分が幸せになりたかったから。
誰のためでもない。そのことで、彼や樹里と幸福感を共有できているならば、私は心からこれでよかったと思える。
あまり常識にとらわれたくない私でも、結婚して家族になったときから、『本当の家族』『本当の親子』という、答えは誰が決めるの?なんて屁理屈を言いたくなるようなことに、多少なりともとらわれる。
いろいろ、説明がつくようにしておいたほうが良いこともあるから・・・
本当の・・・っていうのは、「血縁」のことをさしている。
血のつながりなんて関係ないわ!!!って、よく言うけど。私は、そのことで熱くなるつもりはない。だって、関係あることも絶対たくさんある。
ただ、親子、家族のことで悩んだり、トラブルが生じたとき、問題の源はそこにはない。と、言いたい。
家族なんちゅうもんは、もっとシンプルなものだと思う。
要はメンバーみたいなものじゃないかな。身内、とか家族といっても、そのメンバーの質は名前や血縁ではなくて人間関係そのものだと思う。
だって、建前がそろっていても、人間関係がずさんであれば『本当の・・・』なんて意味わからん。ってことになる。
私と樹里、ふたりのメンバーにパパが加わってはじまった私たち。パパと樹里の
親子関係は家族になったからって、自然になっていくものではない。人としての関係、父と娘としてのけじめは、ケンカしながら、悩みながら、話し合ってルールを決めて作っていった。
それは、それぞれが尊重しあいながら向かい合うことでしか、作れない。他人以上に時間をかけて・・。
たとえば、パパは、我が家のボスであること。普通の生活が守られているのはパパのおかげ。でも、あとから加わった新入りでもある。これは、無視してはいけない。
私と樹里がどんな風にやってきたかを、たくさん語って教えてあげる。パパはちゃんと聞いてくれる。
樹里の言うことでも、知らないことは素直に聞く。新米だから。
『こういう時って、父はなにをするの?』なんて、聞きながら。でも、そこに彼の意見があれば、私は父の意見としてちゃんと聞く。そして、ボスの意見を優先する。樹里もだんだんに、それがわかってくる。
そして、私は妻であり、母であり、家事全般、健康管理、節約、子供の叱り役の部分を担当。2人は、たまに、『大変そうやね、ごくろうさん』と、声をかけてくれるので、がんばってしまう。
樹里は、子どもなので普通に甘えたり、時には叱られたりしながら楽しくすごしてくれればそれでいい。自分は守られて、愛されてあたりまえって思っていて欲しい。
家族って、人間関係のいちばん大切で、めんどくさい部分をフルに発揮する場だと思う。
ありがとう。 ごめんね。 お願いします。 とんでもない、喜んで。 愛してるよ。 お疲れ様。 がんばってね。
と、あたりまえに家庭の中で言える、質のいいファミリーでありたいと思う。
私はラッキーだった。ステップファミリーとしてスタートしたからこそ、じっくり考えて感じることができた。
自信をもって子供たちに伝えていきたい。
私は、『親しき仲にも礼儀あり』という言葉が大好き。
そして、家族とは?と聞かれたら、『最愛の他人』と、答えるでしょう。
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2008/11/1朝日新聞に
- 2008-11-02 (日)
- マスコミ掲載
2008/11/1の朝日新聞の朝刊、家族欄に私たちの家族が取り上げられました。
ステップファーザーを持つジュリを取材をしようと来られたようですが、
さすがいまどきの中学1年生
「うーーーーん、わからん」
「覚えてない。。。」
そうだよね(笑)。当時の心なんて覚えてないのが当然です。
子供は、”今を生きている” からね。
ということで、親が取材の中心になり、ジュリは記事の写真で目立ってました(笑)。
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