樹里が産まれるとき、破水が原因でとても難産だった。分娩室に入っていきみ始めてからが長かった。かれこれ7時間。その間、うつろな意識の中で私は強く感じることがあった。
命は 強い意志を持って 産まれてくるんだ
理由はわからないけど、どうしてもどうしても、そう感じた。
あんなに狭いところから、小さな命が地鳴りのようなエネルギーを発して合図してくる。
痛みでパニックになっている私の呼吸にちゃんとリズムを合わせてくれる・・・
す・・すごい・・!!!
産道をうまく体をひねりながら通るのは、死に匹敵する痛みだといわれている。それでも、ひとつも揺るがない『産まれるんだ』という意志。
もし、それが本当ならば、
産まれてから死ぬまでの間に、人は、あそこまでの強い意志を持つことがあるだろうか・・
もし、胎児が何の気なく10ヶ月お腹の中で大きくなって、母体の都合で陣痛を起こして、産み落とされるのであれば、ただの便秘?回転しながら自分の体を壊さないように前進したりしないだろう。あんなに全身振り絞って産声なんて上げないだろ。すやすや寝てるか、死んでしまうか・・・。
それに、こっちの方も赤ちゃんの誕生に感動なんて無いだろうし、命を大切なんて発想が沸かないだろうと思う。便秘で苦しんだすえ出した胎児を『スッキリしたー・・』みたいに、とっとと水に流せるくらいにしか思わないんじゃないかな・・・。
命は大切=生きる というのは、そこに強い意志と魂があったからなんじゃないかな・・。
ちなみに、 死ぬ=恐い という感情を誰もが持っているのは産道を通るときの恐怖体験が人間のトラウマとなっているかららしい。
でも、不思議なことに、オギャー!!と言ったその瞬間から化けたように、この人間界で最も弱い可愛い存在となり、その愛らしさで私たちを癒してくれる。
さっきまで、最強の勇者のように勇敢で知的だったのに・・・。
産道を通る胎児のエネルギー。私は痛みを逃すための呼吸をしているだけで、胎児に導かれて時を待つしかない。
産んでやった・・なんてとんでもない。大人はなんてちっぽけなんだろう。
実際、赤ちゃんは可愛い。母性をくすぐって、守ってあげたくなる。
でも、それ以上に私は生きる気合を感じる。すべてを受け入れる見返りを求めない偉大な愛や心も感じる。偉大だな・・・・と思う。
・??? ・・とか言って、現実は私はお母ちゃんなので、そうはいかない。
こんなに偉大だと絶賛していても、2人の娘をそれなりの扱いで生活しているんだけど・・(笑)
でも、いつまでも忘れずにいたい。
私の体に自分の命を託してくれた二人の偉大な天使の意志を・・・
そして、決して無駄にしないように、愛していきたい。
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